
Liminal 池内ヨシカツ展
会期 2026年10月13日(火)– 10月25日(日)
休館日 10月19日(月)
開館時間 10:00–18:00(最終入場 17:30)
会場 京都市京セラ美術館 本館1F「光の広間」
入場 無料
About
展覧会について
池内ヨシカツ展実行委員会(京都府文化生活部文化政策室内)は、京都の新たな文化価値を発信する取り組みとして、京都市京セラ美術館にて『Liminal 池内ヨシカツ展』を開催いたします。京都府生まれの池内ヨシカツは、幼少期より、 絵を描くこと、音をつくること、何かを表現することに没頭し、高校生から本格的に創作活動を開始しました。2016年には、坂本龍一氏が音楽を担当した映画『怒り』の劇中曲を制作。その後も音楽活動を続ける一方で、絵画や立体作品の制作にも取り組み、視覚表現と音楽を行き来しながら創作を重ねてきました。絵画作品をオンラインおよび展覧会で発表して以来、瞬く間に日本のみならず世界中から反響を呼び、すでにアジア諸国で展示が行われるなど、その活動はさらなる広がりを見せています。本展は、自然光が包み込む空間のなかで、現在、静かに世界の人々を魅了している池内のマルチな才能を体感できる貴重な機会となるでしょう。



Artist Statement
アーティストステートメント
見ること、聴くことののあいだには、翻訳できないものがあります。ひとつの色が、特定の音に置き換わることはなく、その逆もまた同じです。音が時間のなかに消えていく一方で、絵は痕跡としてその場に留まります。そのあいだに生まれる関係は、あらかじめ決められたものではなく、みることと聴くことなかで、そのつど形を変えていきます。近い距離で関わるものほど、ひとつの意味に置き換えることはできません。会場を移ろう光は、音と絵のあいだを通り抜けるように、時間と共に全体の表情をゆっくりと変えていきます。今回の展覧会では、異なる表現をひとつに統合するではなく、そうした変化が生まれる条件を作品として構成していきます。
Critical Foreword
展覧会紹介文 | 山本浩貴(文化研究者)
池内ヨシカツのなかで、絵画と音楽の制作は、密接に結びついたものでありながら、同時に互いに独立して存在するものでもある。池内にとって、そのいずれもが創造と表現の営みであり、彼は幼少期から両者に親しんでいた。一方、池内は絵画と音楽は相互に翻訳可能な形式ではなく、単に絵を音に、あるいは音を絵に「変換」しているのではないと強調する。むしろ、彼は、それらのあいだにある「互換性の空隙」、すなわち翻訳不可能な部分を探求している。「Liminal池内ヨシカツ展」でも、彼が創造する視覚的イメージと聴覚的サウンドは自律しつつ共鳴し、共鳴しつつ自律している。
一般に、池内の絵画は具体的なイメージを伴う「具象画」とされる。かたちのない音響的感覚と深くかかわる彼の作品としては、意外かもしれない。だが、池内は絵画を「見るという行為に入るための一時的な入り口」と考える。それは作者の感覚を直接的に図像に置き換えたものではなく、それゆえに抽象的な形態を帯びない。作品を眺めるうち、鑑賞者は奇妙な感覚に襲われる。一見すると容易に認知できる日常的モチーフが、徐々に見慣れないものへ変容していく感覚。そうした認識のズレは、私たちに根源的な問いを意識させる――「本当は何が描かれているのか」、「自分は何を根拠に見ていたのか」と。
本展には、池内が左耳に難聴を抱えるようになった経験が影響を与えた。この作曲家にとって大きなハンデとなりうる経験を、彼はポジティブな仕方で創造活動に昇華した。音の聞こえ方が変化したことによって、池内は自身の身体音に意識を向けるようになった。すなわち、呼吸や心拍など、身体を有する人間が不可避的に発する音である。その音は生命活動の証しでもある。難聴の経験は、身体の外側で鳴る音から身体の内側で鳴る音へと関心の拡張を促した。本展は、池内が身体音に耳を澄ませた結果として生まれる音が、その絵画と自律的に共鳴し合いながら奏でる視覚・聴覚的な協奏曲である。



